は じ め に

 生物の生活現象が一年を周期とする顕著な季節性を示すことは,古くから知られてきた。生物季節学はこれらの生活現象の季節的変化を研究の対象としている。なかでも植物に関する分野は植物季節学とよび,発芽,開葉,展葉,開花,結実,紅葉および落葉等について,その開始日や終了日が観測される。このような植物季節の長期にわたる観測の蓄積が,たとえばコブシを「タウチザクラ」とよぶ等,主として農事暦に関連した地方名を伝えてきた。

 植物の季節現象でもっとも目につき観測しやすい現象は,開花であろう。開花の開始と終了のタイミングは,その年の天候の推移や,その地域の局地気候にも影響を受ける。開花の開始日から終了までの期間が花期(開花期間)であり,その季節現象は,基本的かつ重要な情報のひとつとして扱われてる。日時の経過とともに開花し続ける植物を暦に見立ててまとめたのが,いわゆる「花暦」である。

 地域の花暦を作成する際の問題には,開花開始のタイミングが,開花までの積算気温や気温の推移に影響され,年々変動することや,これらの天候要因に敏感に反応するものや鈍感のものがあることである(須田・長谷川 1998,須田・白澤 1997,須田・千田 1993)。したがって,数年といった短期間の観察記録からは,地域の定常状態,すなわち平年の開花開始日あるいは開花期間を特定することは,原理的に困難である。多様な目的に対応した地域の花暦を作成するためには,同一地域の長期にわたる観察記録の蓄積が,きわめて重要になる。

 本報告の目的は,1985年以来蓄積されてきた盛岡市とその周辺における種子植物の花暦の一部を提示することにある。この花暦の利用の仕方は様々だが,著者の主なねらいは,初等・中等教育における生活科,理科,総合的な学習の時間および環境教育などの教育現場で利用していただくことにある。例えば,生活科や理科において,実験材料を採取する時期に即した授業計画を作成したり,自然観察の時期を選定したりする際に,この花暦を活用して欲しい。なお,この花暦は現時点ではいわば「試作品」であり,近い将来に,より多くの観察結果を追加・蓄積して,完成度の高いものとする予定である。

 教育の現場で日夜真摯な努力を重ねている卒業生の皆さんにエールとして,この調査・研究を贈りたい。

謝 辞

 このホーム・ページの作成にあたっては,次の方々のご協力があった。岩手大学教育学部理科教育専修の重松公司教授は,パソコンの基本操作からはじまって技術上のあらゆる相談にのって下さり,終始一貫懇切なご指導とお励ましをいただいた。氏の協力なくしてこのホーム・ページは存在し得なかったはずである。ここに記して,深い感謝の意を表するものである。岩手県農業研究センター生産環境部の高橋良学専門研究員および岩手大学総合情報処理センターの鈴木健之技術官には,情報処理に関する高度な知識をもって懇切に指導・助言いただいた。両氏の強力な支援は,今後とも完成に向けて不可欠な力となるであろう。心から感謝申し上げたい。

2002年3月

岩手大学名誉教授 理学博士 須 田 裕